(SE)波の音。ザザー。ザザー。以後、オープニングまで薄く続く。
OP前セリフ
皆本大祐「ぼくは、夏になるたびカマクラを想いだす……」
タイトルNA(朝比奈響子)インタラクティブドラマ

特別編 007号カジノ弱いヤル(後編)

オープニングBGM

(SE)複数のヒールの足音。(BGM)アシカガシスターズのテーマ。
アシカガリョウコ「いいところでお会いしたわねえ、北条さん?」
大祐・由里「うぁあ、アシカガシスターズ!」
アシカガカコ「ここにあなたが来てることはとっくに調べがついてたんだよ!」
アシカガユウコ「北条さん、今回は、この前のようにはいかないわ。……皆本くん…… だったかしら?たとえあなたがついていてもね」

NA(大祐)それからの展開は早かった。江ノ島カジノランドにアシカガ自動車グループが出資参加している関係で、ぼくたちはVIP待遇のカジノクラブに招待され、アシカガシスターズとポーカーで対決することになってしまったのだ。
といっても対決するのは、アシカガユウコと由里さんなのだが。

(SE)カジノクラブ内のざわめき。大人っぽいBGM。
由里「なんであたしが対決することになるのよー?」
ユウコ「第7話で、オーナーが言ってましたもの。あなたなら所長のかわりをしてもいいって」
由里「あたしトランプなんて小学校のとき以来さわってないよー」
ユウコ「トランプって言わないの!カードゲーム!「ポーカー」でしょう?」
由里「『ババ抜き』とか『七ならべ』とかならできるんだけど」
ユウコ「だから、ポーカーだっていってるでしょう?」
由里「ね、ね、『大貧民』にしない?」
ユウコ「ポーカーです!」
リョウコ「あら、お姉さまが切れかかってる。珍しいー」
カコ「ほんとだね。おもしろーい。クッククク(殺した笑い)」
NA(大祐)そして由里さんとアシカガユウコのポーカーが始まった。

ユウコ「ふふん。なかなかいい手ができたわ。じゃ、わたしベット。5万クレジット」
由里「な、なによー?ベットってー?ベッドメイク?」
カコ「(ささやき)ベットも知らないんだってさ!」
リョウコ「(ささやき)お話にならないわねえ」
ユウコ「ね、北条さん?レイズするのしないの?」
由里「れ、レイズ?あ、ああレーズンパイ?いま、あたしお腹すいてないからいらない」
大祐「ゆ、由里さん、掛け金をつり上げるかどうかを聞いてるんですよ!」
ユウコ「じゃ、ショーダウン。わたしは、キングがハイカードのフラッシュよ。あなたは?」
由里「へ?商談?あたし、売るようなものなにも持ってないよー。あ、バイクはダメだからね。あれは、あたしが初給料で買った宝物なんだから……」
大祐「だんだん頭痛くなってきた……」

NA(大祐)
こんなやりとりがしばらく続いて、由里さんはあっという間に20万クレジットほど負けてしまった。このまま続けると由里さんの破産は目に見えている。

リョウコ「ほっんとにダメね、北条さん。せっかくユウコおねえさまがポーカーのお相手して差し上げてるのにぜーんぜん面白くないわ。でも、勝負は勝負。あなたが破産したら、カマクラ自動車教習所はアシカガグループのもの。覚悟してるわね?」
カコ「もう、時間の問題だね。クッククク。(殺した笑い)」
由里「で、でえー。ど、どうしよう?皆本くん?」
大祐「ユウコさん?由里さん、ポーカーのルールも知らないんですよ。これでは正々堂々とした勝負とは言えないんじゃないでしょうか?」
リョウコ「でも勝ちは勝ちよね」
カコ「そうだよねー。クッククク。(殺した笑い)」
大祐「あなたがたには誇りというものがないんですか?」
ユウコ「リョウコ、カコ、ちょっと待って。キミ皆本くんっていったわね?わたしだっ て、カリスマ教官の北条さんがこれほど無知だとは思ってなかったわ……」
由里「ね、ね、皆本くん、彼女、今、あたしのこと無知って言ったよね?」
大祐「ぼくは、勝負をするなら正々堂々とやって欲しいんです。勝負をするふたりが同じ条件でお互いが納得できるような勝負をして欲しいんです」
ユウコ「じゃ、頭を使う勝負はそもそもダメね。北条さん、生まれつき知性にご不自由 があるみたいだし……」
由里「ね、ね、皆本くん、彼女、すっごい遠まわしにあたしのことバカって言った?」
大祐「由里さんはぜったいバカじゃないです!」
由里「そ、そーだよねー。あたし、バカじゃないもーん!」
ユウコ「……わ、わかったわ。わたしが悪かったわ。では勝負の方法を変更しましょう。ええと、そうねえ。ヨットハーバーの奥に、カジノランドのメインパーキング駐車場があるでしょう?あそこで、海に向かってチキンレースっていうのはどうかしら?」
大祐「チ、チキンレース?」
由里「いいよ。そーゆーのなら得意だもん!」

NA(大祐)そうして勝負の舞台は、江ノ島カジノランドの東南側にあるメイン駐車場へと移され、由里さんは、いつもの400ccのバイクで臨むことになった。一方、アシカガシスターズは、例の赤いビーエムBMWだ。
(SE)やや遠くで波の音。カモメの声。海風。
ユウコ「勝負の方法は、パーキング入り口から正面の海に向かってのチキンレース。入り口のラインから同時にスタートして時速100キロ以上で真っ直ぐ走る。そして、急ブレーキを踏んで、より海に近いポイントまで進んだほうが勝ち。おわかりかしら?」
由里「わかったわ」
ユウコ「じゃ、こちらはリョウコがお相手するわ。いいわね、リョウコ?」
リョウコ「今度こそは、ぜったいに負けないからね!」
カコ「リョウコねえちゃん、すっごい根性してるからね!負けるはずないよ!」
ユウコ「あなたは、そのバイクでいいわね?」
由里「いいよ」
ユウコ「じゃ、みんな、行きましょう!わたしたち姉妹の結束力を見せてあげるの」
(SE)BMWのドア。開いて閉まる×3。由里のケータイの着信音。唱歌「カマクラ」。由里、ケータイに出る。ピッ!
由里「もしもーし?理恵?なに?今、忙しいんだからね!」
大祐「理恵ちゃん?」
由里「どうしてって、アシカガシスターズと勝負してるんだから……」
ユウコ「(声、張り気味)北条さん、準備はいいかしら?」
由里「(ユウコに)ちょっと待って。(理恵に)うん、わかった、わかったよ。また後で必ず電話するから……」(SE)電話切る。ピッ!
由里「皆本くん、乗って!」
大祐「え?の、乗るんですか?」
由里「当たり前じゃない!あたしたちも結束が強いとこ見せつけるのよ!」
大祐「は、はい!」
由里「しっかりつかまって!」
大祐「(嬉しそう)は、はいー!」
ユウコ「じゃ、さっそく始めましょう」
カコ「(遠いので、声張り気味)準備いい?じゃ、カウントダウンするよ!
スリー、トゥー、ワン、ゴー!」

(SE)BMWとバイク同時に急発進。キュキュキュキュキューッ!ブワオオオオン!ビイイイイイン!

ユウコ「……海までおよそ400メートル。最高時速100キロとして、制動距離はおよそ84メートル。したがって、316メートル地点がブレーキングポイント ね」
リョウコ「はい、おねえさま!」
カコ「リョウコねえちゃん、1センチ単位で車を停められるんだよね。絶対負けるはずないよ!クッククク(殺した笑い)」
由里「皆本くん?聞こえる?」
大祐「はい?なんですか?」
由里「ね、理恵に電話してくれない?」
大祐「え?今ですか?」
由里「今すぐ!」
大祐「わ、わかりました!」
(SE)大祐、理恵のケータイに電話する。ピッピッピッピッ……。着信音。ラ・マルセイユズ。
理恵「(電話の声)はい!こちら理恵!皆本くん?海まであと何メートル?」
大祐「へ?」
由里「(静かに)皆本くん、理恵の質問に答えてあげて!」
ユウコ「時速100キロに達したね!このままキープして、あと150メートルね?」
リョウコ「はい!おねえさま」
ユウコ「カコ!残りの距離を測ってくれる?」
カコ「あと120メートル、110メートル、100メートル……」
ユウコ「ブレーキの準備いい?」
リョウコ「はい!」
カコ「90メートル……」
ユウコ「今ね!」
(SE)派手なブレーキングの音。ギキキキキキーーーーーッ!
ユウコ「制動距離84メートル。ぎりぎり海の直前で停まれるはず……え?」
(SE)由里たちのバイク走りつづける。ビイイイイイイン!
リョウコ「あいつら、ブレーキ踏んでない……」
カコ「バッカだねー。教官のくせにバイクの制動距離知らないんだ!」
ユウコ「ま、まさか……」
大祐「あと、50メートル、40メートル、あ、あの由里さん、ブレーキは?」
由里「このまま海に突っ込む!」
大祐「あと20メートル、でぇ?い、今由里さんなんて?」
由里「あと10メートルね!」
大祐「うええええええ?」
(SE)BMWが駐車場のはしギリギリで停まる音。ギキキキキー――――ッ!
由里と大祐の乗ったバイクは、車止めを乗り越えてそのまま空中へ。ビイイイイイイイイン!ダンッ!正面から海風が由里と大祐にぶつかる。ビョオオオオ!

由里「マイナス10メートル♪」
大祐「うわあああああ!と、父さん、母さん……、し、静香あああああ!」
(SE)波間から原子力潜水艦が浮上する音。ゴゴゴゴゴ……。ザババババ!
由里「タイミングばっちり!」
リョウコ「な、なにあれ?」
カコ「うわーでっかーい」
ユウコ「潜水艦……みたいね」
由里「皆本くん、着艦するよ!しっかりつかまって!」
大祐「(声裏返ってる)はいー?」

(間)

(SE)二人の乗ったバイク、潜水艦の甲板に着艦。ドンッ!ギキキキキー!キッ!
由里「はい、到着!」
理恵「(電話の声)ね、皆本くん!無事に着艦した?」
大祐「へ?着艦って……」
由里「皆本くん、ケータイ貸してくれる?」
大祐「は、はい」
(SE)大祐、由里にケータイを手渡す。
由里「理恵、ありがと!タイミングばっちりだって、大佐に言っといて」
理恵「(電話の声)このまま大佐が好きなところに送ってくれるってさ。どこがいい?」
由里「ほんとーっ?じゃ稲村ガ崎!」
理恵「(電話の声)了解っ!」(SE)ザバババババ!
由里「ありがと、理恵!大佐にもお礼言っといてね!(SE)ケータイ切る。ピッ!ねえ!ユウコさん?この勝負、あたしたちの勝ちよね?あたしたちの方がより海に近いもんねーっ。海までマイナス30メートル!あっははははー」
リョウコ「あなたたち、せ、潜水艦使うなんて卑怯よ!」
カコ「そうだよーっ。ずるいよーっ」
ユウコ「リョウコ、カコ。わたしたちの負けよ。彼女たちは、ルールを破っていないし、勝者の定義は、より海に近づけた方、それだけだもの……」
リョウコ「おねえさま……」
カコ「おねえちゃん……」
ユウコ「(遠くへ)北条さん!わたしは、あなたを侮っていたわ。あなたは、わたしが思ったよりずうっとクレバーなひと!けど、次回こそは負けない!またお会いできる日を楽しみにしているわ!」
(SE)潜水艦が波間に揺られている。ザバー、ザバー。
由里「なにー?ユウコさん、聞こえないよー!」
大祐「やったー。由里さん、勝ったんですね?」
由里「今回は理恵のおかげだけどね」

NA(大祐)そして、ぼくたちは、米国海軍の原子力潜水艦に、稲村ガ崎まで送リ届けてもらった。西日が、遠くに浮かぶ富士山をゆっくりと赤く染め始めていた。
由里「ね、ところでさっき皆本くんが言ってた『しずか』って誰?」
大祐「え?ぼくそんなこと言ってました?」
由里「とぼけないでよー。あたしはっきり聞いたんだから。ね、まさか皆本くんの彼女?」
大祐「いえ、彼女では……」
由里「ね、誰よー?」
(SE)そこへ、大祐のケータイに着信。ピピピピピピ!
大祐「もしもし?」
静香「(電話の声)もしもし?おにいちゃん?」
大祐「し、しずか?」
由里「しずか?」
静香「(電話の声)おにいちゃん、何度も電話したのに出ないんだもん。今日、お母さんとカマクラをあちこち観光したんだ。で、もう帰るんだけど、ちょっとだけでも会えない?」
大祐「え?今どこにいるの?」
静香「(電話の声)カマクラの駅だよ」
大祐「カマクラ?」
由里「え?皆本くんの彼女、カマクラに来てるの?」
大祐「だから、違いますよー。妹ですってば」
由里「じゃ、あたしが話してもいいよね?」(SE)由里が大祐のケータイを奪う。
由里「(つっけんどん)もしもし?しずかさん?」
静香「(電話の声)え?だれ?」
由里「あたしは北条由里。皆本くんの通ってる教習所の教官だよ」
静香「(電話の声)教官?」
由里「ね、しずかさんは皆本くんとどーゆー関係なわけ?」
静香「(電話の声)え?あたしは妹だよ」
由里「本当に妹さんなの?」
静香「(電話の声)なに?どうして疑ってるの?」
由里「え?どうしてって、皆本くんの様子がアヤシーから……」
静香「(電話の声)あー、由里おねえちゃん、もしかしてお兄ちゃんの彼女なんでしょ?」
由里「え?」
静香「(電話の声)ね、お兄ちゃんとつきあってるんでしょ?」
由里「(嬉しい)え?ま、まあそんなとこかなーなんて。うふふふ?」
静香「(電話の声)ね、キスした?」
由里「(慌てる)えーっ、ま、まだに決まってるじゃない!」
大祐「由里さん、どうしたんですか?」
静香「(電話の声)まだキスもしてないのーっ?」
由里「いーじゃん、これからするかもしれなんだからーっ」
大祐「由里さん?妹となに話してるんですか?」
由里「(大慌て)な、なんでもないよー」
静香「(電話の声)お兄ちゃーん。由里おねえちゃんがキスしたいんだってーっ」
由里「だーーーーっ!(SE)電話切る。ピッ!うぁ、切っちゃったーっ」

(場面転換)
大祐の母「静香?お兄ちゃん、やっぱり来れそうもないって?」
静香「うん。今、彼女とデートしてるみたい」
母「あら?大祐に彼女が?あのこもいつの間にかそういう年なのねえ」
静香「なんか邪魔しちゃったみたい。電話切られちゃった」
母「そう。今度きっと紹介してもらえるわよ」
(SE)横須賀線の電車が入線してくる。ガタンガタンキキキキキーーーーーー。
母「静香、今日は帰りましょうか」
静香「うん。お兄ちゃん、『横須賀線の駅』全部言えるか聞きたかったのになー」

(場面転換)
由里「ね、皆本くん、電話切っちゃった……。ごめんねー」
大祐「いえ、いいんですよ。家族とはいつでも話せますから……」
由里「皆本くん?」
大祐「はい、なんでしょうか?」
由里「皆本くんとあたしって……」
大祐「え?」
由里「い、いや、な、なんでもないよ」
大祐「いま、なにか言いかけたじゃないですかー?」
由里「(とぼける)そ、そう言えば響子は、今ごろなにしてるのかなーっ」

(SE)繰り返す波の音。ザザーザザー。
NA(皆本大祐)
いつ終わるとも知れない夏……。けど、きっと、今、このとき瞬間だけの夏……。
だから、決して後悔してはいけない夏……。
七里ガ浜で打ち寄せる波の音を聞きながら、ぼくはふとそんなことを考えていた。

(SE)ヒールの音。コツコツコツ……。
響子「うふふふ。しめて300万クレジット!初日にしてはまあまあの戦果ね。教習所も由里にまかせっきりだし。そろそろ帰らなくちゃ。
けど、本当に誰にも気づかれないなんて……ちょっと寂しかったかしら」

(007号カジノ弱いヤル(後編)おわり)


音声ドラマとシナリオは演出の都合上、一部変更されている場合があります。
(C)2000-2005(K)
戻る