(SE)波の音。ザザー。ザザー。以後、オープニングまで薄く続く。
OP前セリフ
皆本大祐「ぼくは、夏になるたびカマクラを想いだす……」
タイトルNA(朝比奈響子)インタラクティブドラマ

特別編 007号カジノ弱いヤル(前編)

オープニングBGM
(SE)繰り返す波の音。ザザーザザー。

NA(皆本大祐)
七里ガ浜で打ち寄せる波の音を聞きながら、
「夏休みに一度くらいは顔を見せなさい」
ケータイの向こうで念を押すようにそう言っていた母の声を思い出した。
ぼくだってもちろん帰省するつもりでいた。
普免を取って、意気揚揚と愛車で凱旋するつもりだったのだ。
驚く母と小学5年の妹を尻目に見ながら、『どこかへ連れてってやろうか?』と勝ち誇ったように聞いてみたかったのだ。
けど、ぼくの目論みはもろくも崩れ去った。
あの教習所に、毎日通い始めてもう半月近くが経過するとゆーのに、第一段階を修了できる気配すらないのだ。

(回想)
皆本静香「おにいちゃん、どんくさいもんなーひとつひとつ口で言わないと覚えられないんだよねー」
母「大祐は昔からそうだったものね。そういえば小学校のころよく『掛け算九九』を一日中、大声で繰り返してたわよねえ。ふふふふ」
静香「へんなのー。あっははははー」
母「でも大祐は、いったん覚えちゃうとすごいのよねえ。今でも『東海道在来線の駅』、全部言えるんでしょ?東京から大垣まで」
静香「そんなの覚えてどうすんだろ?あっははははー!」

……ゆ、許せん。特に妹の静香は。
うーむ。やはり、このままおめおめと帰るわけにはゆかんな。男には命に換えても守らねばならないもんがある……。
しかし、ぼくのケータイの留守電には、母と妹の声が残されていたのだ。
留守電のメッセージ「メッセージは一件です。ピーっ。(静香)もしもし、おにいちゃん?なかなか連絡くれないから、あたしとおかあさんで、明日、カマクラに行くことにしたよ。(母)大祐?。元気にしてる?おまえが暮らしてるカマクラに一度いってみたいと思ってたの。また、連絡するから、もし時間があったら顔を見せてね。それじゃ……」
あしたって……、今日じゃないか!

(SE)砂浜を走ってくる足音。

梶原理恵「ねえ!皆本くーん!」
大祐「あ、理恵ちゃん?」
理恵「(息を切らせて)はあはあはあはあ……。どうしたの?今日は教習休み?」
大祐「い、いえ、午後から行くつもりだったんですけど……」
理恵「じゃ、ここ七里ガ浜でなにしてるの?」
大祐「(物思いに耽るように)……ただ、なんとなく波の音を聞きたくなっただけです。
男ってやつぁ、ときどきそんな気持ちになっちまうことがあるんですよ。フ。(お嬢さん、ほれちゃあいけないぜ)」
理恵「どしたの皆本くん?熱中症にかかっちゃった?あ、そんなことより、今、ひま?」
大祐「(……がああん。かあるく流されてしまった。)え、ええまあ」
理恵「江ノ島にさ、行ってみない?」
大祐「江ノ島あ?」
理恵「ほら、江ノ島に新しくできたじゃん?」
大祐「なにが?」
理恵「あ、皆本くん、なんにも知らないんだ。テレビや新聞があーんなに騒いでるのに」
大祐「ここんとこしばらく教習に集中してたからね」
理恵「……由里に集中してたんじゃないの?」
大祐「え?」
理恵「皆本くんって、いっつも由里の7号車、指名するじゃん?」
大祐「そ、そんなことは……」
理恵「ないっていうつもり?あたしが予約を担当してるんだよ」
大祐「ぐ、偶然ですよー。ぼくが予約しようと思うと、必ずといっていいほど由里さんの7号車しか空いてないんですから」
理恵「おっかしーな。そんなはずないんだけど……」
大祐「ほ、本当ですよー」
理恵「だれかのよこしま邪な意図を感じるわね……」

NA(大祐)
そう言うと、理恵ちゃんは、陽炎が立ち昇る国道をまぶしそうに見やった。

大祐「そ、そんなこと……」
理恵「ね、皆本くん?」
大祐「はい?」
理恵「あたしが教官になったら、そんときは、あたしの教習車を指名してくれる?」
大祐「も、もちろんですよ!」
理恵「わーい。じゃ、それまで免許取らないでね!」
大祐「へ?」
理恵「だって、免許取っちゃたら、もう教習所は用済みでしょ?」
大祐「そ、そりゃそーですけど……」
理恵「結局、皆本くんもそういう男だったんだ。所詮行きずりの恋。用がなくなれば 捨てられるんだよね、あたしたちって」
大祐「あ、あのー、なにをおっしゃってるのかイミがわからないんですが」
理恵「(ふと)皆本くん、ずーっと、免許取れなければいいのにな……」
大祐「ど、どーしてですか?」
理恵「え?(ごまかす)どうしてって、それは、その、あのー、なんてゆーかさー。
つまりそのー。あ!原子力潜水艦!」
大祐「どうして話そらすかなー?」
理恵「本当だよー。こーんなのが沖合いに浮上してるよ!」

NA(皆本大祐)
理恵ちゃんは、唐突にスケッチブックを取り出して、手際よく、『原子力潜水艦』の絵を描いた。うーん。言われてみれば、潜水艦に見えないこともないかなって思うんだけど……。でも、その周りにふわふわしてる花とハートはなに? どうして潜望鏡に目があってまつげが生えてるのかなー。しかもウインクしてるし? 理解に苦しむ……。

大祐「理恵ちゃん、あまりひとをからかうものじゃないよ」
理恵「からかってないよー。ほら江ノ島に向かって進み始めたよ」

(SE)原子力潜水艦が徐々に江ノ島方面に進んでゆく。ゴゴゴゴゴゴゴゴ。

大祐「へ?だあああああああ!げ、原子力発電はんたーい。か、核持ち込みはんたーい!沖縄米軍基地はんたーい!日米地位協定はんたーい!はんたいのさんせーい!」
理恵「……だいじょぶ?皆本くん?」

NA(皆本大祐)
唐突ですが、ここでちょっと特別編の背景などを。
21世紀の始めに成立した自分党を中心とする連立内閣が、国民の8割以上という圧倒的な支持を得て、大方の予想通り、新世紀最初の参議院選挙に圧勝した。
しかし、タレントなみの人気を誇る自分党総裁である変革宰相が、20世紀の後半に堕落腐敗した行政およびその外郭特殊法人の構造改革を訴えて策定した「骨太の方針」は、自分たちの利権を最優先する自分党抵抗勢力のスクラムの中で叩きまくられ、ぐったぐたの骨抜きクラゲ状態になって東京湾にポイッと捨てられてしまった。
すると、当時自分党総裁の立場にあった変革宰相は、ついに伝家の宝刀を抜き放った。
なんと衆議院を解散するや、自分党内の一部改革勢力と若手、そして労働組合を支持母体とする野党勢力と結んで、さっさと新党を結党してしまったのだ。
結党の発表がなされる日の未明まで、総理は自分党総裁の立場であった。
つまり、前日まで保守連立政権の中核となる自分党の総裁だった人物が、一夜明けると、一部の賛同者を従えて自分党を離脱し、新党の総裁として総理の地位をそのまま維持することになったのだ。
新党は辛うじて衆参両議院の過半数をキープし、変革宰相はそのまま国会の内閣首班指名を受けることになった。
なんてこったい。首の挿げ替えやとかげの尻尾きりというのがこの国の伝統的なやりかただったのに、首から下がそっくり入れ替わるなんて……まるでSFだね。
さて、新党の初代総裁となった変革宰相は、それこそバッサバッサと構造改革を断行した。切るばかりでは景気が悪化する一方であるため、国民の人気にややかげりが見え始めたころ、彼は、親戚でもある都知事と結託して、今度こそ国民があっと驚く政策を発表した。
首都圏にカジノランドを建設しようというのだ。
計画に着手されてから数年の月日が経過し、やがてお披露目の日がやってきた。
拡張によってアジアの代表的なハブ空港となったハネダ、一部の滑走路が民間路線に解放された米軍ヨコタ基地、この二つの空港からほどよい距離で、市民生活にあまり影響が及ばない海辺の候補地がいくつか検討され、その結果、元から観光収入で食べていたカナガワ県フジサワ市の江ノ島に白羽の矢は立った。
そんで江ノ島をすっぽり包み込む巨大なカジノランドができたとゆーわけ。
大阪で第三セクターがUSJを立ち上げたように、東京近郊で半官半民のカジノができるとゆーのは、実は、少しも不思議な話ではなかったのである。
そして本日。記念すべき江ノ島カジノランドのオープン初日と相成ったのだ。
とまあ、そんな話は置いといて。
(SE)ピピピピピ!ピピピピピ!
あれ?ケータイが鳴ってる。ごめん、今ちょっと取り込み中です。ピッ。

理恵「ねえ、皆本くん、もうナレーションなんかやめて、早くカジノに行こうよ!」
大祐「そ、そうですね!今回のナレーション長いですよね。まだ続くみたいですけど」

NA(大祐)ぼくたちふたりは、さっそく江ノ電の切符を買って江ノ島に向かった。
江ノ島大橋を渡りきると、やがてカジノランドの鳥居型ゲートがぼくたちを迎え入れた。
横須賀から立ち寄ったと思われるさきほどの原子力潜水艦が、ヨットハーバーの横の巨大ドックに停泊されていた。
米国海軍の兵士が、ひとときのカジノを楽しんでいるのだろう。
今や江ノ島は、ドル、ユーロを始め、基軸通貨が自由に流通する国際商業施設として機能している。けど相変わらずさざえのつぼ焼きの小さな屋台が並んでいたりして、そういうところが昔のままで嬉しい。
江ノ島神社に向かう参道は、すべてがキャノピー天蓋に覆われ、両サイドにはそれぞれに個性を主張するカジノホテルが立ち並ぶ。そしてまるでプレイボーイのグラビアから飛び出してきたようなグラマーな美女たちが、身体をセクシーに躍らせながらウインクを投げかけてくる。 あ!今、とびっきりのブロンド美女が、ぼくのほうを見て微笑んだ!
理恵「ね、皆本くん?」
満面の笑みで誘っている。細くしなやかな指先が、寄せては返す波頭のようにぼくをいざなう。そして指先は彼女の口元に……。
理恵「皆本くんってば……由里が……」
うあ!投げキッス!ぼくにはもはやこの誘惑に抗う理性はない。
うーん。ちょっとだけ入ってみようかな?ちょっとだけ。
あ、ウインクした!
ここに決め……、いででででで!

(BGM)由里のテーマ。

北条由里「理恵!こんなとこで皆本くんと何してんのよ!」
大祐「いでででで、ゆ、由里さん?」
由里「ねえ、皆本くん?午後からあたしの教習が入ってるわよねえ?」
大祐「いででで、あの、み、耳、離してくれません?」
由里「なんでふたりしてこんなとこにいるのよー?」
理恵「皆本くんが、早く免許取りたいんだって!だから、江ノ島神社に願かけにきたんだよねー、皆本くん?」
(SE)由里、耳を離す。
由里「皆本くん、本当?」
大祐「はー痛かった。(ヒリヒリ)は、早く免許取りたいと思ってるのは事実です」
由里「(すっごい不安)ね、皆本くん、あたしの教習になにか不満でもあるの?」
大祐「い、いえ別に不満なんか」
由里「(半泣き)じゃ、どーしてさっさと免許取ろうとするのよー?」
大祐「あ、あの由里さん、なんか間違ってると思いません?」
由里「(半泣き)あたしがこんなに一生懸命に教習してるのにーっ、あんなブロンド女の どこがいーのよー?」
理恵「うーむ。由里のシコー回路は、相変わらず謎の部分が多い……。ね、由里は、どうしてここにいるの?」
由里「え?」
大祐「あ、そ、そーですよ、由里さん!午前中の教習はどうしたんですか?」
由里「え?あ、今日は皆本くん以外、全部キャンセルしちゃったもん」
大祐「な、なんですって?」
理恵「あーあ。しーらないっと。まーた響子さんに怒られるよー!」
由里「だいじょうぶ。響子も朝から出かけてるから……」
理恵「え?」
由里「なんか、響子、朝からそわそわしてたんだよね。あれはきっとパチンコだよ。近所でパチンコ店がオープンしたんだと思う。
ほら、響子ってすっごいパチンコマニアじゃない?」
大祐・理恵「パチンコ?」
由里「そ。パチンコ。知らなかった?」
大祐「もしかして、響子さんって、ギャンブル好きだったりします?」
由里「そだよ。パチンコ、マージャン、競馬、競輪、オートレースにトトにロト。
サマジャン、オージャン、年末ジャンボ!かけごともゲームも宝くじも、響子はひととおりぜーんぶこなしてるよ。
……しかもね、賭け事には滅法強いんだよ、響子って……」
理恵「じゃ、ここに来てるかもしれないね」
大祐「そうですよね」
由里「(動揺)うぇ?響子が?ど、どうして?」
理恵「どうしてって……。由里、ここどこだか知ってるよね?」
由里「なによー?あたしが知らないとでも思ってるの?ここは、江ノ島カジノランド!
本日オープンでしょ!あたしだって、面白そうだからのぞいてみよーって思って、午前中の予約キャンセルしちゃったんだからー。あははははー、あ?(気づく)カ、カジノって賭け事じゃない?」
理恵「……もしかしてマジボケ?」
大祐「だから由里さん、きっと響子さんもここにいますよ」
由里「そ、そーだね。(独白)や、やっぱ、あたし帰ろーかな?」
NA(大祐)
そのころ響子さんはと言えば、もちろんカジノに興じていたのであった。黒いドレスに黒い帽子。そして大きなサングラスといういでたちで、ルーレットを楽しんでいた。
(SE)響子登場。ヒールの音。コツコツコツコツ!
朝比奈響子「これだけ完璧に変装していればだれにも気づかれる心配はないわよね……。わたしが教習所をサボタージュして、カジノに来てるなんて由里に知られたら、あとでなに言われるかわかったもんじゃないし……」
NA(大祐)いっぽうぼくたちの前には突然、軍人らしきいでたちのアメリカ人が近づいてきた。
アメリカ人「Hi! How're you? Rie! I didn't expect you here in Enoshima Casino Land!」
理恵「Oh! Hi! I'm fine! I'm very glad to see you, again! Mike!」
大祐「あ、あの、理恵ちゃん、アメリカ人の友達がいたの?」
理恵「うん。最初はメル友だったんだけど、一度彼の家族をカマクラで観光案内してあげたことがあって……そのとき、英会話を教えてって頼んだら、こころよく引き受けてくれたんだ。ね!マイク?」
大祐「……マイクって、なんかとっても階級の高そうな軍人さんじゃないですか……」
由里「確か横須賀基地に駐留してるマリーン米海軍の大佐とかって言ってたよね?」
理恵「そだよ。マイクって偉いんだよねー?ね、あの潜水艦で来たの?」
マイク「Yes! Do you wanna try to get on my Submarine? Rie?」
理恵「Are you kidding? Mike?」
マイク「Oh! No! Definitely not! Why don't you come with me?」
由里「なに話してるのかわかんないよー!」
大祐「ぼくも」
由里「皆本くん、大学生なんじゃないのーっ?」
大祐「しょせん、受験英語ですから話せるわけでは……」
理恵「ごめんね!皆本くん、由里、あたしマイクに潜水艦に乗せてもらうことになった
からさー。あとでねーっ」

NA(大祐)そういうと、理恵ちゃんとマイクは楽しそうに雑踏の中に消えていった。

由里「せ、潜水艦だって……なに?あの娘?ほんとかわいくないわねーっ!」
大祐「ま、いいじゃないですか。(独白)……でも、理恵ちゃんがあんなに英語がうまいとは意外だった。ちょっと羨ましかったりして」
由里「……やっとふたりっきりになれたわね?皆本くん?」
大祐「へ?」
由里「ね、午後の教習なんかやめて、ふたりで、ゆーっくりカジノdeデート!楽しもうよ?」
大祐「え?あ、ああ、そ、そうですね」
(SE)ピピピピピ!ピピピピピ!

NA(大祐)またケータイが鳴ってる……。今、由里さんといい雰囲気なんだけどなあ。
ケータイも時と場合をわきまえて欲しい。あ、わきまえないのがケータイか。
そのときだった。ぼくと由里さんは、よりによっていちばん会ってはならないひとたちと遭遇してしまったのだ。

(由里こっそりと)今、いっちばん会いたくないのは、響子だけどね。
(響子)ックション!おかしいわね、夏風邪かしら?

(007号カジノ弱いヤル(前編)おわり)


音声ドラマとシナリオは演出の都合上、一部変更されている場合があります。
(C)2000-2005(K)
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